しとしと雨が降っていた。山の天気は不安定なものだと分かっているが、いい気はしない。ただでさえこの駅の周りでできることはほとんどないのに、雨が降ってはさらに行動範囲が狭くなってしまう。
ここは群馬県土合駅。下りホームが地下深〜いところにあり、地上の改札口に出るには500段近く階段を登らなくてはならないという、あの土合駅だ。駅の特集があればかなりの確率で取り上げられている駅だし、登山好きの人には谷川岳の登山口として知られている。利用者の数の割にはかなり知名度の高い駅であろう。
8月下旬のある日、僕は水上から下り電車に揺られて土合駅に到着した。上に書いたとおり、下りホームは地下にあって、地上に出るには500段弱の階段を登らなければならない。列車から降りると、薄闇の中、そのあたりのことを簡潔にまとめてくれた看板が目に入ってくる。
夏とはいえ、もともと標高が高いのと地下であるということでホームはとても涼しいのだが、飽きるくらい長い階段を登るとさすがに汗をかく。階段を登りきり、やっと外気を吸うことができたと思ったら、あいにくの雨。
さて、谷川岳から降りてきただろうと思われる登山者に挨拶した後、ちょっと駅の周りを散歩してみることとする。じっとしていては寒いし(!)、なにせ今度列車が来るまで2時間も待ち時間がある。何もないと分かっているとはいえ、動かないでいるよりはマシだろう。
未舗装の駅前広場を抜けて、後ろを振り返ってみる。とんがり帽子型の立派な駅舎が寂しい。誰か2、3人くらい駅の前に立っていれば印象も変わるのだろうが…。午前中の早い時間なら谷川岳に登る人で賑わっているのかもしれない。ちなみに、駅前広場には営業しているお店の類いはなかった。
駅前広場を抜けると、国道291号線に出る。この国道は群馬県の月夜野から新潟県の柏崎に至る道路なのだが途中で分断されていたりと説明が難しいので省略! 地図を見てください。
で、この291号を北に向かって歩く。上越線の下り線路を踏切で渡り、さらに進むとダムのような貯水池のようなのが右手に見える。また、登山道の入り口もあった。共にこれといった特徴はなさそうだったが、雨も降っているし、疲れたので「ここが目的地だったんだ」、と頭の中を勝手に上書きし、土合駅に戻ることにする。土合駅から500メートルの地点である。
駅前まで戻ってきたが、列車が来る時間までまだ1時間以上ある。せっかく土合まで来たのに駅舎の中に戻っておとなしく待っているのも悲しい気がしたので、駅前のバス停小屋の中で歌を歌うことにした。ちょっと狭いが、土合駅の中にいるよりはいい思い出になるに違いない…? 駅舎には谷川だけから降りてきた方々がいるではないか。そんなところで歌を歌うのはいくら僕でも恥ずかしい。だからバス停小屋なのだ! 論点がずれている? まさか(笑)。寂しい場所で歌いたくなるのは人情というものである…。歌うと冷えた体も温かくなってきた――繰り返すが8月である――ので、意気揚々と駅舎に向かう。
土合駅は「関東の駅100選」にも選ばれているので、その認定書が掛かっている。また、無人駅とはいえ運賃表くらいはある。なるほど山手線内まで2940円か、今日の分の18切符のもとは取れたな、などと考えて何とか時計の針を進めようとする。しかし、谷川に登らずに単に土合駅を見に来たような旅人に土合駅は容赦しない。なかなか列車の時間にならない。駅舎でやることは尽きてしまったので、仕方なくホームに出る。ホームに出たからといって楽しそうなことがあるわけではないのだが。
ホームには意外にも10人ほどの人がいた。皆、見るからに山の男女である。疲れた表情をしているが、身体から充実感を漂わせている。僕のようなミーハー(?)君はいない。
ホーム待合室のベンチに座り、ただただ時間が過ぎるのを待つ。20分位経ってやっと水上行きの上り列車が到着した。僕はこのときほど列車が視界に入ってきて嬉しかったことはない。
列車の中は暖かかった。最後にもう一度繰り返そう。今、8月である。
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