富山港線に乗ったのは、ほんの偶然と気まぐれだった。2人の友人を巻き添え…いや、誘って、東京から京都経由で北陸本線を北上し、新潟から東京へ戻るという(しかも鈍行列車)、青春18きっぷというものが無ければ生涯縁のない旅をしていた、1995年の春。
「あれ? 東京から名古屋〜奈良〜和歌山〜大阪〜米原〜新潟という片道普通乗車券を買って旅したこともなかったけっな」
それは…、誰か私に化けて行ったことである。…そういうことにしておいて。
その日、富山空港の最寄り駅・高山本線速星駅からタクシーで、公共の宿「かんぽの宿富山」に行った。金沢駅で茶菓子の饅頭を探していたら列車に乗り遅れたという大チョンボを犯した後、肩身の狭い思いでタクシー後部座席の真ん中に座って、宿へ向かったのである。1時間も遅く着いたため、夕食は私たちグループが一番最後で、広い食堂の片隅を陣取ってコソコソ食べたものだ。
オレ「あの〜、この食材は何ですか?」
係員「え…、何でしょうね。何だろ、分かりません」
ただでさえ遅く着いたくせに、やたら質問をしてさらに時間をかけて食い、とにかく量があったこともあるが,1時間半もかかって平らげた。
その後、部屋に戻って「火曜サスペンス劇場」を鑑賞しながら、明日の予定を立てた。予定は、出発前に30分かけて綿密に練られたものだったが、希望があれば変更を受け付けることにしていた。
時刻表を見ていた仲間が、言った。
仲間「富山から、ヒョウミ線と富山港線が出てるんんだね」
オレ「それは氷見(ヒミ)線!」
富山港線、か…。情報としては、駅間の短い区間があるということしか知らなかった。片道21分。往復しても、夜までに新潟に着けばいいのだから(快速「ムーンライト」に乗るため)さほど問題はなさそうだ。
オレ「よし、氷見線はだけだけど、富山港線は乗れるな。明日は、早起きだ!」
●たった21分に10駅停車
翌朝、お約束通り寝坊して、40分遅れで宿を後にした。JR富山駅を10時25分に出る「137M」に乗り込んだ。富山発の列車は予定通りであった。
富山地域では、ディーゼル車(気動車)は「汽車」と呼ばれている。対して富山港線は「電車」である。テレビでタレントが、ディーゼル車しか来ない駅に行って「電車が来ない」と言うのを見て異様に怒りを覚える方も多いだろう。
仲間「そんなのお前だけだ!」
富山駅を出た汽車、ディーゼルカーは、ゴトゴト音を立てて進む。せっかくなので、先頭車(1両しかないか)の運転台の窓から、風景をながめる。ん? いきなり富山口駅に着いた。距離はたった700m! しかも、駅にある信号は富山駅の構内信号だという。その後、下奥井、越中中島、城川原と進むが、いずれも駅間は2kmに満たない。隣の蓮町は、かつて貨物駅があったのか、草ボーボーの土地が広がる。次の大広田までは600m。そして,東岩瀬までは500m! また、東岩瀬―競輪場間は600m…。東岩瀬から競輪場前までは線路が直線なので、次の駅が見えるのである。まるで、路面電車の気分。
うひゃうひゃ興奮してながらの21分、終点の岩瀬浜駅に着いた。しかし、21分の旅、わずか8.0kmに10駅もあるというのは、JR線としては異様であろう。駅間500mは、営団丸ノ内線の新宿―新宿三丁目の300mにはかなわないが、石勝線トマム―新得なんか隣駅なのに33.8kmもあるんだぞー。
さて、問題の岩瀬浜駅である。「富山港線に乗ってみたい」だけで乗ってきた我らに、終点の駅が何であろうが問題ではないのだが、せっかく来たので降りてみることにした。うん、折り返すまで5分も時間がある。
近くには岩瀬浜海水浴場があるが、春から泳ぐ気もしないので行くのはやめる。せめて駅舎をながめに行ってみる。ホームの端が坂道になっていて、そこを下ると駅舎につながっている。木造の、海風に耐えてきた味のある駅だった。
全く興味はなかったのだが、せっかく来たので、岩瀬浜の切符を買うことにした。入場券はないというので(業務委託駅という。係員はいるが改札業務をしない、ほぼ無人駅に近い形態の駅)、隣駅までの初乗り切符を買った。
5分なんか、アッと言う間に過ぎた。どうやら、私が切符なんか買っていたせいで列車が遅れたようである。すんませんでした。
こうして、「岩瀬浜」は、私の心の隅に置かれるようになったのである。全く、何のために行ったのか…。いや、こうした体験と知識の蓄積、将来、きっと役に立つんである。無駄ではない!…はず。
●あの日あの時あの場所で
それから5年が過ぎた、ある日のこと。
とある会合で知り合った人と、パーソナルデータを交換していたときである。出身地が富山という男がいた。
男「富山の、海の近くに住んどった」
オレ「ふーん、富山のどこ?」
男「言っても分からんと思うけど…。岩瀬ってところなんだが」
オレ「ああ、岩瀬浜か」
男「ええええええ! 何で知っとるの!」
オレ「あそこ、確か終点の駅があるところでしょ」
男「そうそう、富山港線! オレんち、駅から見えるぞ」
ほーらね、役に立つことだってあるんだ。
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