「駅弁」は、鉄道の旅の醍醐味。これを抜きに、鈍行列車の旅は考えられない。長時間、列車に揺られてるほかにすることないんだから、駅弁でも食べてないとやってらんねーよ、というのは本音。
駅弁の種類は、ほんと星の数。それぞれに特徴があって、そして旨い! その土地の名産が盛り込まれ、駅弁は旅行者に「名産をとりあえず一口食わせてやるよ」と言わんばかりの少なさ……あ、いいんです、「腹一杯食いたきゃ、小料理屋にでも行け! そのかわり、財布をスッテンテンにしてやる」と書いてあります。そんな、めっそうもない。そんな金があったら、鈍行列車で旅なんかしますかい。
最近だと、デパートの駅弁大会みたいな催しで、全国の駅弁が一度に食べられる機会も多くなった。遠方の駅の弁当に舌鼓を打つのも、また格別。デパートの廊下で食べているということを除けば。
ああ、やっぱし、駅弁は現地で食うに限る!
そんな駅弁にも「横綱」なんてあるんだって。番付があんのかい! と思ったら、駅弁好きの人たちが一押しの駅弁、駅弁の中の駅弁、ベスト・オプ・エキペン(しつこいか)というものがあるんだそうです。
その一つが、森の「いかめし」。
小さいイカが「秘伝のタレ」(でたー!)で味付けがしてあって、その中にもち米がつめこんである。だから「いかめし」である。これ、北海道渡島半島の駒ヶ岳麓にある森駅の名物駅弁なんです。
駅弁大会ほか、北海道物産展でおなじみのいかめし、いったい何回食べただろう。食べるたんびに、うまーいと幸せになれる。本場で食べたら、もっと、うまーいんだろう。なんせ、横綱の故郷ですから……。イカだってコメだって、とれたてほやほやでしょ。
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5月、北海道に行く機会が訪れた。ということは、食べに行かねばならぬ。
「いかめし食べに、森駅に行こう。……じゃあ、この道をまっすぐね」
え? クルマ? 列車じゃないの?
駅弁は、列車で食べるのがツウ。けどさ、ドライブに駅弁、っていうのもイキだと思うよ。
森駅まで、すばらしいカーナピを果たすのは俺。ドライバーは、友人でドライバー歴3年のSである。
「オーライ。どのくらいで着く?」
「う−ん、60kmだから、1・2時間ってところかなあ」
「……。」
俺たちは、函館駅前のレンタカー屋で、ミニバンを拝借。マニュアルモードと来たもんで、ドライバー魂がめらめら燃え上がるS。それをいいことに、60km先の「いかめし」の故郷・森を目指した。これだけ大きなクルマなら、「いかめし」は十分積み込めるだろう。
「おい! 何個買うつもりだ!」
と、すぐ突っ込んでくるところ、まだまだ運転に余裕がある証拠。
北海道は広い。山も海も何もかも違う。目隠しされて北海道に置いてきぼりにされても、きっとここが「北海道だ」って分かるよ。この広い大地に、心も広くして、そこを走り抜けていのは気分爽快。
ただ残念なことに、空はどんよりしていた。しかも、函館を出発した途端に土砂降りになってきた。クルマのワイパーをフルにして、水を跳ね除ける。そういえば雨水もきれいに見えるけど、それは考えすぎか。
雨の中、将来は高速道になる函館新道を、時速80kmですっ飛ばす。お、ギアは5速(一番大きい)に入っている。ミニバンが80kmですっ飛ばしている光景は、想像しただけでもなんとも滑稽。
七飯からは国道5号沿いに北上していく。目の前には、駒ヶ岳が見える…はずだが、あいにくガスが山をとりまいている。それは残念。けど、HBCラジオ(地元のラジオ)の天気予報は、これから雨と予報していて、先行き明るい見通し…じゃねえよ! さらに悪化してどうすんだい!
「日ごろの行いが悪いんだよ」
と運転手Sはノタマウので、
「何を! この雨男め」
と応戦である。いや、これこそジャブの応酬。ああ、見苦しい。
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運転すること1時間以上が経過した。雨こそあがったが、雲は消えない。
クルマは駒ヶ岳山麓の西側の国道を走っていた。山の全貌は、いまだに望むことはできない。
あまりに高速走行(!)しすぎたのか、ライトバンはおかしな音を立てはじめた。一旦、休んだ方がいいんじゃない?
「いいや! 大丈夫! 全然疲れてないって」
いや、お前じゃなくって、クルマのことだって。
「……。」
道路脇の空き地にクルマを入れて、一休み。そこには、サクラの花びらがチラチラ舞っていた。そうか。5月の北海道はサクラの季節なのか。花見だ花見。おーい、準備準備!!
そして、そのサクラの陰に、白地に黄緑のラインの入った物体が音を立てて駆け抜けていく…。JR函館本線だ。駒ヶ岳の西側の山麓・山側を走るから「山線」って言う。ちなみに、特急は東側山麓・海側の「海線」を走る。こちらを走る列車は、そんなに本数は多くないハズ。たまたま出会ったサクラと、そこを縫うように走る列車は、まさに「鈍行列車・春の旅」という言葉がぴったりだ。
その瞬間、空からいっきに日が射してきた。そこには、くっきりと北海道の青い空が見えていた。
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2人を乗せたライトバンは、森駅近くの道端に停まった。駅前ロータリーは駐禁だから、チョコっと離れたところに停めさせてもらいました。駅前のラーメン屋の駐車場でも良かったけど、何か食べなきゃいけないしなあ。
森駅の前に、「いかめし」の看板のかかった売店がある。ここが工場かあと最初思ったが、ここではなく、もう少し先に行ったところにあるのだそうだ。
「いかめし」を駅弁売り場で買おう。駅の中に入ろうと思うと、Sの姿が見えない。
「おーい! こっちこっち!」
見れば、そこには観光地でおなじみ、顔だけくり貫いてある看板が。なぜかSLの機関士の顔は、Sである。
「はいはい、撮ればいいのね、撮れば」
手持ちのデジカメで撮ってやる。まあ、デジカメだから、あとで適当に消しちゃえば…
「おーい! お前も撮ってやる!」
「ええ! 俺はいいよ……いいってば……いてて…おい、ひえー!やめろー」
カシャッ
「ふっふっふ。このデジカメは、わしが預かっておこう」
この写真をネタに、いつ「メシおごれ」と転がりこんでくるか恐ろしい毎日である…。
冗談はともかく、駅構内に入ると、予想以上に混雑していた。予想人数は、3人くらい? でも、10人以上いた。列車がくる直前だからだろうか、いや、よく見ると、家族連れや、旅行かばん引っさげた、いかにも旅行者という人。みんな「いかめし」買いに来たのか。あ、そうだ、買わないと。
切符売場と待合室に狭まれたところに、キヨスクがある。そこで「いかめし」が売ってる。発泡スチロールのクーラーボックスから取り出してくれる。だから、出来立ての味、温かい。
それにしても、みんながみんな、「いかめし」を食べているわけでもないしなあ。この人たちはいったい…?
改札口の横に、昔のSLのパネル写真が。その横には、長机があって、そこで駅員さんが入場券とSLのカードを売ってる。
「……え、まさか? SL来るの?」
駅員さんに開いてみたところ、
「あと30分もすれば、森から出発しますよ。入場券買って、中に入って見てみては……」
「入ります! 入場券ください!」
入場券は、SLをデザインした特別仕立てだった。
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森駅のすばらしいところは、何といっても景色にある。
改札口をくぐって左手、ホームへ渡る跨線橋がある。階段をのぼって、通路の窓から顔を出してみる。
函館の方を見ると、さきほど山麓を駆け抜けてきた駒ヶ岳がそびえたつ。駒ヶ岳は、活火山ということもあるのか、中腹から山頂にかけては緑が少なく、茶色い山肌をさらけ出す。それだけに、山の形が鮮明に空に映える。残念ながら、山頂にはまだ雲がかかっているが、それでも「あーっ」と唸らせる光景だ。
そして、山の東側には、潅が広がる。青々とした海。それは、紺色に近い。けど、陽が反射してきらきらひかる。
片手は茶色の山。もう一方は紺色の海。
このコントラストが、実に素敵なのである。列車に乗るために跨線橋に昇って、もしこの光景を見てしまったら…。きっと、見とれてしまって、乗るはずの列車は視界の奥へと消えていくに違いない。
しかも、今日はもうひとつ、スペシャルな光景。森駅の広い駅構内には、何本の線路が敷かれている。その1つに、そいつはあった。黒いボディーに、白い煙を吐き出す、あいつ。
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SL見ました。ドラマ「すずらん」で出てきた、C11型というやつだそうです。煙をもくもく吐き出してシュポシュポ走るSLを、産まれて初めて見ました。ドライバーSも感激して、機関士に頼み込んで機関室に入れてもらって、
「うわー! ダルマ型のボイラーだ!」
と感激しとりました。さすがは工学部です。あ、Sは大学生です。記念に燃料の石炭の固まりを1個もらってきました。
SLは、蒸気機関車。煙は石炭を燃やしたあとに出るスス。
「けど、いろいろ不純物が混ざっているから…。硫黄分なんか入ってるから、体には悪いよ」
理科系大学生のSは、そう言うのでありました。(ちなみに、ものすごく高温なので、絶対に触ってはいけないそうだ。まあ、のぼったりしない限り触れないだろうけど)
SLが大地を駆け抜ける勇姿を見るべく、ミニバンを行く先に急行させたのは言うまでもない。「いかめし」の存在なんか、すっかり忘れていた。
適当なところにクルマを停め、草むらをかきわけ、やっと線路にたどりつくと、長く伸びたレールのかなたから、煙を吐き出しずんずん向かってくるSLの姿があった。目が釘付けとなった。
シュポポポポポポポ……
いやー、これを見られただけでも、来た甲斐があったってもんだ。
やっぱり、駅弁は現地で食うに限る。
それが、列車の中であれ、駅のベンチであれ、ライトバンの中であれ。
いっしょに吸い込む空気が違うのだから。しかも、横綱の地元。
雲はいつのまにか消え、透き通る青空が広がっていた。目の前には、雄大な駒ヶ岳が、その全貌を現した。
そこで食べる「いかめし」、おいしいに決まってるじゃありませんか!
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