1945年8月9日午前11時2分、長崎――あるいはナガサキ――に人類史上2度目の原爆投下がなされました。犠牲者は、後遺症などの二次的な被害を含めて数十万人もいわれています。
2001年8月9日午前11時2分、私はJR長崎駅の改札口付近にある「かもめビジョン」(こんな感じの名前)の前で黙祷を捧げていました。「かもめビジョン」からは「平和の鐘」の音が響いていました。
その日は、朝から雨でした。台風の影響もあったのかもしれません。早朝、大して降っていなかったですが、私が長崎駅前に着く頃には土砂降りになっていました。歩道橋の階段を登るときなんて、まるで滝のように上の方から水が流れてきた。
実は駅に着いた時点で、平和祈念式典に参加しないことは決めていました。はずせない急な用事があったので、その日のうちに我が家に帰らなければならなくなったからです(決して天気のせいではありません!)。
そこで耳にしたのが「平和の鐘」の音でした。午前11時2分。私は「みどりの窓口」の中にいたのですが、すぐに外に出てみました。
すると、多くの人が立ち止まって、ある方向を向いているではありませんか。彼らの視線の先には「かもめビジョン」がありました。そしてそこには祈念式典会場で参加者が黙祷している様子を映し出していました。
周りの人は…やはり、黙祷していました。私の視界に映っていた限り、誰もが立ち止まって犠牲者に哀悼の意を表わしていました。私も目をつむり黙祷を捧げました。
原爆が落とされた後、被爆者は水を求めて苦しまれたといいます。この日の雨が、少しでも犠牲者の冥福につながりますように。
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