近江塩津駅は琵琶湖の北端からさらに北に行ったところにある、北陸線と湖西線が合流する駅である。
地図を見ると、この駅から北に向かうと敦賀方面、南東に向かうと長浜方面、南西に向かうと京都方面と、なかなか便利な位置にある。故にこの辺りの鉄道網の要衝であるはずなのだが、駅自体はとても寂しい雰囲気を漂わせている。
その日、僕は米原から京都に向かうのに琵琶湖の北側を迂回するというルートをとることにした。敦賀方面行きに乗って、近江塩津駅で京都方面に向かう湖西線の列車に乗り換えるという計画である。
塩津駅に行く前に、長浜と木之本でそれぞれ途中下車し、それらの駅の周りをそれぞれ1時間程度散策した。夏の日差しがとても強く、いつものように意味もなく歩き回る元気がなかったため、あまり収穫はなかった。
さて、木之本から北に向かう。車窓から左手に余呉湖などを見ながら列車に揺られること約10分、よく整備された高架っぽい(厳密にはちょっと違う)駅に到着した。それが近江塩津駅である。
駅の周りはのどかな景色が広がっている。東西、それぞれ小高い山があり、北は福井県との県境ということもあり、比較的大きな山が見える。
駅の東側には車の通りが激しい幹線道路があり、国道か何かだろう。また、どちらかというと、こちら側の方が家の数が多そうだ。ただし、駅の周りのニュータウンというよりは昔からの典型的な集落といったイメージである。
列車の外は暑かった。我慢できないくらい暑かった。正確な気温はわからないが、日なた――この駅のホームには基本的に大がかりな屋根はない。ベンチのあるところにちょっとした日よけがあるだけだ――は36、7度くらいはあったのではないかと思う。ここで接続待ちの時間をつぶすのは正直言ってイヤだなあ、と思ったが、階段を下りてみると改札口に至るトンネルは意外と涼しかった。外に比べると寒いくらいだ。
くしゃみはしなかったけれど、トンネルの中でじっとしているのは性に合わなかったので、再び日の照りつけるホームに戻ることにした。ホームにいれば外の景色も見られるし、前述したように位置自体は要衝だからたくさんの列車も見られるだろう。
ホームに出ると、僕の他にもう一人列車を待っている人がいて、小さな日よけのあるベンチに座って荷物の整理をしていた。20歳くらいの女の子で、白い帽子、黒いシャツ、Gパン、少し茶色に染めた髪、少し大きめのリュックサック…。肩から一眼レフのカメラをかけていたのが印象的だった。たぶん僕と同じく旅行者だろう。
彼女も僕が乗ろうとする列車(=今津方面行)を待っているのだろう。
特にすることがなかったので、僕もベンチに座ることにした。
南の方からかすかにゴーっと音が聞こえた。目を細めると、寝台列車がやってくるのが見えた。
彼女は立ち上がり、ホームの南端に向かって移動した。そして適当な場所に止まって、列車を見ていた。
あの一眼レフカメラで列車の写真を撮るのかな、と僕は思った。しかし、それらしき様子はなく、僕から見て後ろ向きの彼女は照りつける太陽の下、じっと列車が来るのを見守っている。
僕はそんな彼女の姿が、そしてこの何もない駅のホームに彼女が立ち、列車を見つめている風景がとても気に入った。まるで映画の感動的な一場面を見ているような感覚・・・。
大げさだけど、これだけでこの旅行に来たかいがあったとさえ思った。
使い捨てカメラ(!)でそのカットを撮ることも考えた。しかし、彼女を無断でとることにためらいを覚えて、残念だがあきらめた。
でも、僕は「あの」時「あの」風景をフィルムにおさめなかったことに今、すごく後悔している。人生、ある人にとって素晴らしく思えるワン・カットってそんなにないもの。
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